青い目をしたアンティークディーラー

僕はたまたま東京に生まれたので、そのまま東京に住んでいただけのことです。

そのため、いざ田舎に引っ越してしまえば、もう東京への用事も(ほぼ)無くなるのだと思っていました。

それが最近は仕事で東京へ行く機会が増えているので、予測不能な人生に突入しているのだなと思っています。

僕が個人的に東京へ行くとなれば下道なので、混んでいれば5時間以上掛かりますが、師匠の手伝いで行くときは必ず高速道路なので、東京も2時間圏内と急接近します。

 

ここ数日も、師匠の手伝いで東京を行き来していました。

その内容は、師匠の顧客の一人が引っ越しをするというので、それに伴う買い取りです。

平屋からマンションへの引っ越しになるそうで、どうしたって運び込めない大きな家具などを師匠が買い取ることになったのです。

家具以外のものも何かあれば売ってもらえるかもしれないということなので、僕のメインの仕事は家具の運搬ですが、おまけ的にその場に同席させて貰えることになりました。

 

到着したのは、古くて広い平屋で、池の跡が残る庭もあるのですが、その庭含め、どこの部屋にも蒐集した美術品、骨董品が所狭しと並んでいました。

 

やっぱり東京は狂った人が多いな面白いなと興奮しました。

 

 

その人(以下Mさん)の職業はアンティークディーラーですが、外国人特有の販路を持っているようで、ビジネスの方はいかにも順調そうでした。

引っ越しの手伝いに来たという若者が数人いたのですが、彼らからは「先生」と呼ばれていたので、アンティークディーラー以外の側面もあるのかもしれません。

また、偶然年配のコレクターさん?が同席していたのですが、その人はカチッとしたスーツを着ていたので、僕は軽装で良かったのだろうかとちょっと緊張してきました。

ちなみにこれまでに出てきた登場人物は、僕らを除いて全て外国人です。

舞台は都心で、住んでいるのも日本家屋、そして蒐集品も日本のものですが、登場人物だけは全員外国人なのです。

なにかチグハグで、非日常な数日間だったと思います。

 

師匠の家のザクロを勝手に取って食べました。

 

中央道は、未だ何箇所も土砂崩れの形跡が残っていました。

 

最初はこのような帳場箪笥や階段箪笥を買い取るという話だったので、当然1日で終わる予定だったのですが、Mさんの蒐集品は想像以上に素晴らしく、またMさんは、「何でも聞いて、何でも安いよ」と、この引っ越しを期に、少しコレクションを整理する気でいたのです。

コレクションは、和骨董と本がメインで、和骨董は仏像が多かったのですが、特に石仏の量が半端ではありませんでした。

初日は大きな箪笥の他にも、椅子や敷物、食器や焼き物などを買い取らせてもらい、車の荷台が一杯になった時点で翌日に持ち越すことになりました。

「何でも安いよ」と言う割には、数枚の敷物の値段を聞いたら10万円と言われ、当然怯んだ僕を尻目に、師匠はどんどんと買っていくのでした。

ちょっと僕にはついていけない世界だったのですが、目を養う絶好の機会ではありました…。




次の日も高速道路であっさり東京入りです。

 

師匠はコンビニに入ると、僕のご飯もついでに買ってくれます。

そんな時は僕も師匠と同じ様に、値札を見ずに本当に食べたいものを選ぶようにしているのですが、これが意外と楽しい時間になります。

 

次の日も師匠は、仏像を入れる厨子(ずし)という塗りの箱のようなものを、さっそく大量に仕入れていました。

僕も商品として厨子がほしかったのですが、特に大きなものや内側に絵が描かれたもの、金具の良いもの、シンプルだけど時代のあるものなど値の張るものばかりで、結局師匠が買うのを指を咥えて眺めていることしか出来ませんでした。

 

今回最も大変だったのは、石仏の運搬でした。

師匠が次々と買っていった石仏たちは、(ポジション的に)僕やMさんのお手伝いさんたちが運ぶことになるのですが、ちょっと大きめの薬缶くらいの大きさでもあれば、両手でしっかりと持たないと運べないくらいの重さになるし、縦長の石油ストーブくらいの大きさにでもなれば、平気で60~70kgにもなり、さらに大きくなると簡単に150kgを超え、それはまるで鋳物製の薪ストーブの重さなのです。

持つスペースの問題で、石仏を運ぶ際は、2人以上は殆ど意味を成さないことがわかりました。

 

久しぶりに自分の体力の限界まで振り絞って働いたような気がしました。

 

重たい石を運んだことで師匠からもらえるであろうお駄賃も当てにして、決して多くない自分の仕入れ資金を上乗せすることで、僕もいくつか買い物することが出来ました。

写真の他にも、古い仏像やお面なども買ったのですが、僕が手にできるのは、どうしても手や鼻や装備品などが欠損したようなものばかりになってしまいます。

しかしどれも時代のあるものばかりだったので、満足しています。

師匠も言っていたのですが、これだけの蒐集品を見る機会も、それを買うことの出来る機会もそうあるものではないので、有り難い場に呼んで貰えたのだと思います。

 

数日間の取引が終わる頃、Mさんから、「このお地蔵さん持っていく?」という申し出がありました。

もしかしたら、重たい石を運ぶばかりであまり買うことの出来なかった僕への励まし(哀れみ?)のつもりなのかもしれません。

 

この石仏は、それほど時代のあるものではないし、この大きさでも50kgはあると思います。

こんなに重たいものを(売る為に)持ち歩くのは大変だし、インターネットで売っても、無視できないレベルの送料が掛かると思います。

『ただより高いものはない』という言葉があるくらいなので大分悩んだのですが、結局は貰うことにしました。

 

僕は我が家の近くにある弁財天の石仏のことを思い出していました。

特に移住当初は、この石仏に手を合わせたり、一度は見様見真似で日本酒を買ってきて供えたこともありました。

石仏があるだけで、ちょっと神妙な心持ちになれることもあります。

そんな石仏が我が家にもあれば、毎日がちょっとだけ楽しくなるかもしれないと思ったのです。

※今後お地蔵さんに手を合わせたりしますが、しかしあくまでもこのお地蔵さんは商品です。

 

変わった人や自分には無い経験をした人々との交流は刺激的で、心から楽しいと感じていたのですが、普段あまり人付き合いをしない反動もあってか、後になってからドッと疲れました。

今は暫くゆっくりしたいです。

 

おしまい。



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