[Diary:563]
小屋を建てる工程の中で、合板の壁を立ち上げるパートの感動は凄いものでした。
合板で周囲が閉ざされ、景色が見えなくなると同時に、「安心」という得も言われぬ心地よさが生まれました。
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今日も僕は大好きな自作の小屋の中で、勝手気ままに過ごしていました。
確かに上機嫌だったのですが、ふと小屋の外からみた自分を想像して、冷水を浴びせられたような気持ちになりました。
実際僕が住んでいるのは、掘っ立て小屋に違いありません。
先程まで上機嫌だったはずの自分は、我執に囚われた、ただの貧乏人に過ぎなかったのです。
反射的に、『他人からの評価で、自分の幸福を左右されてたまるか』と必死に防御線を張りましたが、さてこの「幸福」というものは、一体どのようにして獲得するものなのでしょうか。
僕は鈍感なので、「幸福だな…」と思えた瞬間は少なく、多くは、「あの時は幸せだったな…」と、過去を振り返る形で認識しています。
これはとても損をしていると思うので、自分のことはよく振り返るようにしようと思います。
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僕がこれまでに、必死になって追い求めて来たのは「環境」でした。
僕の「幸せ」は、「環境」にあると思っていたからです。
頭の中に思い描いた理想の「環境」イメージを、少しずつでも形にしていこうと向き合っている段階は、叶う未来があると信じてやっているので、この期間はきっと「幸せ」の渦中なのだと思います。
「幸せ」には、到達して得られるもの以外にも、過程の中にもまた、ニュアンスの違った「幸せ」が存在するのだと思います。
つまり、一朝一夕で手に入れた「幸せ」は、きっとガリガリに痩せていて筋っぽく、未成熟で不健康で、とても美味しいとはいえない代物なのだと思います。
(そう思うことで、僕は防御線を張っているのです…。)
[おまけ]
今年もまた、ソーラー発電の為のバッテリーを買い直しました…。
今年は少しだけグレードを上げてみました。
「大容量」「最高水準」「長持ち1.7倍」など、心強い言葉が並んでいますが、中には「音質が変わる♪」とまで書いてあったので、これまでに書いてあったものも同じように、眉唾かな…?と思ってしまいました。
※電力会社によって音色が変わると言う人がいますが、そんな人たちは、スピリチュアルか、とても繊細な人なのかもしれません。
[おまけ2]
この前クロックスで踏み抜いてしまった釘です。
いかにも不潔で邪悪そうです…。
※この教訓を忘れないうちに、ブーツを購入しました。(安いやつ。)
おしまい。
「幸せ」の反対は、「不幸」ですが、災害、虐殺、戦争、チェルノブイリ、大震災なども「幸せの反対」でいいと思います。
パナソニックのバッテリーは高級品ですね。きっと長持ちしますw
「電力会社によって音色が変わると言う人がいますが、そんな人たちは、スピリチュアルか、」の「スピリチュアル」が可笑しかったですが、「プラセボ効果」とも言いますw
一般レベルでは回避が出来ない厄災というのは辛いですね。
新しいバッテリーには長持ちして欲しいと思いますが、最近バッテリーを買い換えることがストレスになっています。
賢くないことをやっているという感じですね…。