別荘地に移住して良かったと思うこと

土地や不動産は、どんなに探しても子供のお小遣いで買えるほど安くはないだろうし、購入する側に外せない希望があればそれだけ価格は跳ね上がっていくものだと思います。

また、中には安いばかりで不良債権のようなものもあるので、基本的には検討を重ね、熟考したうえで購入する場合が殆どだと思います。

僕の買った土地は、インターネットで見つけ、実際に見に行ったその日のうちに購入を決めましたが、これだってそれまでに見てきた沢山の土地との比較があったり、外せない希望が明確になっていたりしたから出来たことです。

しかしどれだけ慎重になろうが、やはり住んでみないと分からないということはあるものです。

この日記では、この土地を選んで良かったと思うことを書くつもりです。

今日は特別用事もなかったので、(※僕のいう用事というものの中には、ゴミ捨てや水汲み、薪割り、図書館なども入るので、一般的な感覚だと毎日なんの予定もないとなるのかもしれません)ベッドの上で目を開けたり閉じたり、そのまま微睡(まどろ)んだりしていました。

 

ふと枕の横に積まれた何冊かの本が目に入りました。

まさかと思ってそれらをあらためると、やはり中に一冊だけ、図書館から借りた本が混ざっていました。

知人から借りたものは当然ですが、レンタルのDVDでも図書館から借りた本であっても、約束した日に返さないということは嫌いです。それは自分の価値を著しく下げることだと思うので、誰に何を借りようが、その期間は常にプレッシャーを感じているべきだと思います。

故に誰かに物を借りるのは苦手です。貸すほうがまだ気楽ですが、これも貸している期間は多少気になる場合もあるので、物によってはあげてしまったほうが気楽だと思ってしまうことがあります。

何を書きたいのかというと、枕元にあった本の返却期間が明日に迫っていたので、急いで読むことにしたということです。

横になりながら読んでいましたが、しばらくすると身体が痛くなって来たので、本を読みながらロフトを降り、椅子に座り直し読書を続けました。

起きてから何も食べていなかったので、そのうちにお腹が減ってきました。

さっと作って食べられるだろうと蕎麦を茹で、やっぱり本を片手に食べました。

最近は疲れ目を感じることがあり、多少文字が霞んできたように思いましたが、残り数十ページだからと、出来るだけ陽の光が入る場所に椅子を移動させるなどし、そのまま読み進めました。

 

と、ここで一つ、やっておきたい雑事を思い出しました。

それは家からもっとも近い地元の商店で済んでしまう程度のことだったのですが、車で向かうとその間は本が読めなくなってしまいます。

そこで上着を羽織り、本を片手に歩いて向かうことにしました。

片道凡そ10分から15分の距離なのですが、本を片手で開き、もう片方の手は寒かったのでズボンのポケットに突っ込み、それを数分ごとに切り替えながら歩きました。

計算したかのように、丁度小屋に戻ってきたところで巻末のあとがきまで読み終えることが出来ました。

さて、これまでに書いてきたことの中でどこが、「別荘地に移住して良かったと思うこと」というタイトルにかかってくるのかというと、それは本を片手に外出したところです。

僅か20分から30分の時間でしたが、地元の人には誰一人として遭遇することはありませんでした。

基本的に目線を本に落として歩くというのは、非常に迷惑な行為です。交通量の多い都会であれば交通事故の危険もあります。

それにこれはある意味で奇行に近い行為だと思う人もいるかもしれません。

それなのに僕は非常に容易く、歩き読書を楽しみました。

少し目が疲れたら目線を上げ、雄大な八ヶ岳や甲斐駒ケ岳の景色を眺め、目を休ませることだって出来たし、そこまでしなくとも、手の届く距離には田んぼや雑木林の緑もあるし、小鳥はさえずり小川はせせらいでいます。

別荘地ならではでしょう、この田舎道で一台のベンツ(Sクラス)が僕の脇を通り過ぎました。しかしこの手の人は僕の歩き読書くらいでは驚きません。※偏見です。

それはその人自体が、どちらかといえば奇行をする側の人間だからです。偏見です。

しかし、お金持ちというのは変わった人が多いなと、別荘地に住み着くようになって思うようになりました。

同調圧力に屈しないで生きてきた人たちというのは個性が強く、そんな人が集まり易い別荘地という場所は、案外気楽に過ごせるところなのかもしれません。