郵便物を発送したついでに、コンビニまで出掛けました。
車の保険の見直しを考えていたのですが、ちょっと確認したいことがあったので、カスタマーセンターに電話をしなくてはならなかったのです。
コンビニに行けば必ず公衆電話があると思っていたのですが、最初に行ったコンビニにはなかったので驚きました。
これだけ普及しているので当たり前ですが、やはり携帯電話は便利だと思います。
僕も以前は、使わない限り0円で持てる携帯電話として、3年間ほどハナセルという会社の、「ジャパンSIMカード」というサービスを利用していました。
しかし僕の使っていたプランが消滅してしまったことで、それ以降僕は携帯電話を持っていませんでした。
20.HanaCell|ハナセル – ジャパンSIMカードの終焉|森のテロル
お金を払って束縛されるなんて馬鹿らしいと、一度は自分から離れた携帯電話ですが、最近はまた欲しいと思うことが増えてきました。
基本料金がなく、使った時に使っただけ支払うようなサービスがあればいいなと思います。
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ところどころに紅葉した木々を見つけることが出来るようになりました。
まだ9月ですが、日が暮れるタイミングが、真夏の頃と比べると1時間半くらい早くなりました。
もう秋です。
少し前の日記でも書きましたが、我が家の栗の木に唯一生った毬栗が割れて、中から立派な栗が落ちてきました。
そろそろ道端の栗も毬栗から割れ出て道端に落ちているかもしれません。
コンビニからの帰り道、自宅近くの栗の木の側に車を停めて、道端に栗が落ちていないか探してみました。
予想通り幾つか栗が道端に転がっていましたが、やはり栗は落ちたら直ぐに拾わなくては虫が入ってしまうようです。
ちょうど散歩で通りかかった近所の夫婦がいたので、「一つしか拾えなかった」というと、「うちの栗を拾っていってよ!」と言われました。
その夫婦が住んでいる別荘の敷地内では、そこら辺の栗とは明らかに大きさの違う、とても立派な栗があちこちに落ちていました。
落ちたばかりの栗も多くて、カブトムシみたいにデップリとしていて艶やかな栗を、思う存分拾うことが出来ました。
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最近良く思うことがあります。
今日も湯船に浸かりながら考えていました。
僕が勤め人だったころ、この辛い人間関係から開放されて、誰にも雇われずに暮らしていけるとしたら、他には何もいらないと思っていました。
今の僕の暮らしは、まだまだ束縛はありますが、少なくとも来年の春までは自分が主体の生活を送ることが出来そうです。
半分くらいは思うように暮らせるようになったのだから、かつて思い描いた生活には大分近付いていると思います。それなのに最近は、もっともっとと幾らでも生活の向上を求めてしまいます。
「足るを知る」みたいな、まるで達観したような生き方も良いとは思いますが、そのような生活は、もっと歳を重ねてからでも十分に楽しむことが出来ると思います。
どうせなら今しか出来ないことに、精一杯挑戦してみたいと思うようになっているような気がします。
何が正しいのかなんて分かりませんが、なんの予定もなくただゴロゴロとしているだけの生活というのは、それがずっと続くと流石に飽々します。
とりあえず「風呂トイレ小屋」や、次の「小屋」を建てることを目標に、いかに住み心地の良い住処を作ることが出来るかということを、真剣に考えていきたいと思っています。
「今しか出来ないことに、精一杯挑戦してみたいと思うようになっているような気がします。」
それが若さの正しい使い道です。
お金ももちろん大切だけど、健康でさえあれば
何とでもなります。
お体に気をつけてがんばってください。
ありがとうございます。
確実に歳はとっていくものですが、今この瞬間がもっとも若いのだと思って、思い上がることなく頑張ろうと思います。