ある日のこと、山の上の方から、「パカラッ、パカラッ、パカラッ…」と、大きな音が聞こえてきました。
外仕事をしていた僕は、「う、馬!?」と驚きました。
蹄鉄を付けた馬が小気味よく闊歩している姿が目に浮かびました。
手にしていたものを投げ出し、急いで通りまで出ていきました。
「パカラッ、パカラッ、パカラッ…」
変な音を立てて近づいてきたのは、馬ではありませんでした。
なんとパンクした軽バンだったのです。
『あっ…。』と思った時にはもう遅く、僕はパンクした車のドライバーと目が合いました。
「すいませーん。車がパンクしちゃって…。ジャッキとか持ってませんか?」
ちょっとぽっちゃりとした、40歳代くらいと思われる男性が車から降りてきました。
僕は何かと忙しいので、内心では、『めんどくさ…。』と思っていました。
やりかけの仕事があったので、棚の上にしまっていたジャッキとジャッキスタンドを渡したら、その場を去ろうと思いました。
しかしどうみてもテンパっているドライバーさんがいたたまれず、その場を立ち去ることが出来ませんでした。
道路が傾斜していることが原因なのか、車の底部に吊り下げられているというスペアタイヤを、どうしても取り外すことが出来ないようでした。
僕の持ってきたダルマジャッキは限界まで伸びていましたが、それでも思うように車高が上がっておらず、なかなかスペアタイヤを取り外すことが出来ませんでした。
もっと車を高く持ち上げたいと言うので、ジャッキの下に敷くコンクリートブロックなどを幾つか持ってきて渡したり、ジャッキの扱い方をレクチャーしたりしました。
その後もあれこれとやっていましたが、それでもスペアタイヤは外せません。
「自分のセダンだったら分かるけど、これは会社の車だから分からない。」
ドライバーは嘆きました。
「YouTubeとか見れば分かりますかね?」
僕にもスペアタイヤの外し方は分からなかったので、そんなことを言ってみました。
彼はスマホでYouTubeを開き、懸命に調べだしました。
気がつくと僕も一緒になって車の下を覗き込んだり、スペアタイヤをひっぱったりしていました。
そして、どうやらスペアタイヤを釣っている金具をどうにかする必要があることに気が付きました。
僕は彼の健気さに心を動かされたのかもしれません。
大の大人が道路に寝転がって作業をするので、彼はもう全身落ち葉だらけでした。
その姿が妙に面白くて、僕は危うく吹き出してしまうところでした。
結果スペアタイヤを釣っていたボルトを助手席の脇に見つけ、それを緩めたり、助手席と後部座席の間くらいにパンタグラフジャッキの入った扉を見つけたりして、それで何とか車を浮かせ、スペアタイヤを取り外すことに成功しました。
僕は自分の車からレンチやラチェットなどを持ってきて、パンクしたタイヤとスペアタイヤとを交換しました。
スペアタイヤは空気が抜けてぺったんこでしたが、ゆっくり走れば大丈夫そうでした。
「ガソリンスタンドまで頑張って下さい。」
僕はそう言って、小太りのドライバーさんを見送りました。
彼はしきりに頭を下げ、「近々お礼に参ります。」などと言っていました。
僕は、『楽しかったからいいですよ。とんでもないですよ。』とドライバーの申し出を断ったところ、「いや、そういう訳にはいきません。せめてお名前だけでも…。」
なんか時代劇っぽいし、大げさだなと思い、また少し笑いそうになってしまいました。
(どうみても年上の人なので失礼なのですが、)僕は小太りのドライバーさんが、妙に気に入ってしまいました。
きっと一緒にお酒を飲んだら楽しい人だと思います。
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本日のお昼ころ、音楽をガンガンにかけた車が僕の家の前で停まりました。
なんか嫌だなと思って小屋から外を伺うと、なんとあの時のドライバーさんが車から降りて来たのでした。
手に持った紙袋を僕に手渡し、「あのときは本当に助かりました。有難うございました。」と頭を下げてくれたのです。
なんて律儀な人なのかと驚きました。
大したことをしたわけでもないのに、何やらずっしりと重たい紙袋を手渡されてしまったのです。
あの時のドライバーさんは、
「僕が食べてみて美味しいと思ったものです。山と似合うと思って…。」
紙袋を手渡すときに、そんなことを言っていました。
小屋に戻った僕は、光り輝く紙袋をおもむろに開きました。
神々しく光り輝く紙袋。
『ソーセージ…。フランク…。食べられないじゃん…。』
本心では、昨日開けた赤ワインを飲みながら食べたらさぞかし美味しいのだろうなと思ったのですが、もう10年も動物肉を食べていないという記録は、僕を頑固にしてしまったようです。
後ろ髪をひかれる思いがしましたが、「要冷蔵」と書かれていることもあり、直ぐにご近所さんのところに持っていきました…。
ソーセージを食べることは出来ませんでしたが、僕にとっては極上のブログネタとなったので、それだけで十分でした。
なんだかとっても面白かったです。