伸縮する小屋

女性、、女の子?の大きな声で目が覚めた。

「アーサー、アーサー!」

犬か猫か、もしかしたら馬かもしれないけど、きっと逃げ出した動物を探しているのだろうと思った。

初年度にクロが逃げ出したことを思い出し、気の毒だなと思った。

 

「眉間の奥まったところ」に重たさを感じたので、これは恐らく睡眠が足りていないのだと思ったのだけど、「眉間の奥まったところ」ってなんだろう、こんな表現はおかしいだろうかと気になってしまった。

世間一般的にいうと、「頭の芯」が重たいというのだろうか、それとも「頭が重い」と言えばいいのか?

僕としては、「頭の芯」といってしまうとそれは少し奥に行き過ぎだし、「頭が重い」だけだと大雑把な感じがしてしまう。

 

細かい表現のことも、少し寝不足を感じたことも、もうどうでもいいと思うくらい、家の外からの「アーサー」は止みそうになかった。

寝不足の朝は溶けかけのゾンビになったような気持ちになる。

ロフトをのそりのそりと降りていくと、「アーサー」「ヤッホー」であることに気がついた。

都会からの観光客や別荘の人たちがこの地のことを思い出し、少しずつ訪れるようになってきたのかもしれない。

恐らく女の子と一緒にいるであろう親御さんは、娘?に正しい「ヤッホー」を教えるつもりはないのだろうか。

僕の知る限り、ここ周辺で「ヤッホー」が返ってくるような山の斜面はなかったと思うけれど。

昨日は一日雨が降ったというのに、雨樋から雨水がタンクに落ちる間のろ過フィルターが目詰まりしていたために、10時間くらい無駄にしてしまった。

そんなことがあったのだけど、上蓋を開けて中を覗き込むと500Lのタンクは8割方が雨水で満たされていた。

これでしばらくは水汲みに行かなくて済む。

よかった。

 

また、昨日の雨の影響で地盤が緩んでしまったのか、野地板なんかで簡単に作った玄関扉がいつもの半分ほど開いた位置で庇に引っかかり、少し力を込めなくては完全に開かなくなってしまった。

これはいよいよ小屋が傾き出したのかもしれないと思ったのだけど、一夜開けてみると、何事もなかったかのようにすんなりと扉は開くようになっていた。

小屋が傾いたのではなく、木材で作られた小屋が雨の湿気を吸って少しだけ膨張したのだろう。

木の家は呼吸する家なのだと、何だか良さそうなことが雑誌の広告欄に書いてあったけど、あれは本当だったなと思った。

昨日の夜は結構な風が吹き付け、山の頂上付近に残っていた雪が僕の住んでいる標高にまで降りてきて、あっという間に一面を真っ白に変えてしまった。

それも今日のお昼過ぎにはウソみたいに何処かへ消えてしまっている。

昨日の吹雪であっという間に白くなった庭を見て、もしあの山に取り付いた人がいたとしたら、遭難しただろうなと恐ろしくなったことも、今の僕の頭の中からはすっかりと消えてしまっていた。

昨年、沢山の苺が収穫出来たところに、置物のように動かない猿がこちらをじっと見ていた。

「おー、よしよし…」

驚かせないように猫なで声を出しながら近付いて行った。

そして猿との距離が3mを切った辺りで僕は飛びかかるような振りをして猿を驚かせた。

遠目で眺める猿はかわいいものだけど、家の畑を荒らすのは流石に困ってしまう。

「僕らの森が失われたのは人間のせいじゃないか」と責めでもしてくれれば、「だったら収穫物を折半しようじゃないか」と提案するけど、意思の疎通が出来ないから困ってしまう。

このままだとずっと困ったままだろうな。

僕も、猿たちも。

 

【購入者:アメリカ人✕1】
【LED照明点灯時間:∞】