出来るだけ部屋をシンプルにしておきたいと思うのは、きっと煩雑な部屋の中にいると頭の中まで忙しくなっていくような気がするからだと思います。
意識しなくても、視野に入るものが多ければそれだけ脳を使うということなのかもしれません。
因果なもので、それでも人間というものは、使うことはないけれど、飾っておきたいという欲があり、そんなものにもお金を使います。
現に我が家にも使わない瓶や空き缶、壊れたポット、ホチキス、鹿の角、鳥の羽、謎の植物や取っ手など、様々なものが陳列されています。
こういったもを一掃しようと思わせるのが、師走の大掃除時期だと思うのですが、残念なことにまた一つ、謎の植物たちを摘んできてしまいました。
そして何に使うでもなくガラス瓶にまとめ、また陳列をしたのです。
この時期に近所を散策したり、我が家の敷地を見て回るだけでも、枯れてしまってドライフラワーのようになった、妙に惹かれるフォルムをしたものや、過去の栄華を彷彿とさせるようなもの、哀愁を秘めたものなど、様々な植物を見つけることが出来ます。
一際目を引いたのがこの植物です。
鳥の羽にも見えるし、トライバル模様のようにも見えます。
質感はスエードのようで、とても不思議な見た目をしています。
夏や秋には美しく咲き誇っていたのだと思いますが、今ではカラカラに乾いています。
まるでドライフラワーのように乾いているので、この枯れた姿が好きであれば、これから長い年月愛でることが出来ます。
一度の散策で見つけてきたものをひとまとめにして飾りました。
こういうものだったらお金がなくても無限に楽しむことが出来ます。
・
少し郊外の大通りだったり高速道路の下だったり、大型トラックがたくさん通るような道路の信号機の袂には、コンビニの袋に入れられ投げ捨てられたゴミが散乱している一帯があります。
この大きな落ち葉たちを遠くから眺めていると、過去に見た、そんな道路のことを思い出します。
大きな落ち葉は、小さな落ち葉の中では一際目立つということが分かりました。
それはそうと、この日はちょっと凄い光景を目にしました。
人が住まなくなってから大分経つことが予想できる古い小屋ですが、倒木により無残な姿になっていました。
この辺りには、人の寄り付かなくなった小屋が散見されますが、なんだか物悲しい気持ちになります。
日暮れ時刻が迫ってきた時に、ふと白く輝く一帯を発見しました。
なんだろうと思って近付いてみると、、
結局何かは分かりませんでしたが、とある植物が袋を被せられ、大事に育てられていました。
この辺りの天敵といえば、鳥や鹿でしょうか?
こんな袋を被せておくだけで野生の生き物から守られるとしたら、不思議なものだなと思います。
近所を散策して早4年になりますが、いまだ解明していない謎が多くて飽きません。
※今日は図書館で2017年を締めくくる記事を書いていたので、特筆することがありませんでした。これらの写真は、日記を休んでいた5日の間に撮ったものたちです。